培養肉分野で遅れをとるヨーロッパ、規制プロセスが原因か

シンガポール人が培養鶏肉を食べる一方で、ヨーロッパではその動きが消極的であると業界は警告している。

目次

1. シンガポールでの培養肉認可とヨーロッパでの反応
2. 欧州の規制プロセス
3. EUを次々と撤退するフードテック企業、今後も増加か

   

1. シンガポールでの培養肉認可とヨーロッパでの反応

 昨年末、シンガポールが培養鶏肉を認可し、商業的に販売する最初の国となった。

「シンガポールで起きていることは、ヨーロッパで起きているはずのことだった」と、シンガポールで培養鶏肉を生産しているイート・ジャスト(Eat Just)の取締役顧問を務めるヴァン・イーレン氏は話す。

 彼女の父親であるオランダの科学者ウィレム・ファン・イーレン氏は、イート・ジャストがオランダでの発売のために望んでいた技術を開拓し、特許も取得していた。しかし、オランダ食品消費者製品安全庁(NVWA)は2018年、EUの承認を得ていないとして、試食会開催の要請を払いのけてしまったのだ。

 イート・ジャストのこの経験から、EUの優先事項の2つである農業排出量の削減と食料安全保障の強化を可能にする技術を受け入れることに対し、ヨーロッパがあまりにも消極的で遅すぎると業界関係者が述べていることにも頷ける。

 研究室で育てられる培養肉は、動物から抽出した筋肉幹細胞を使用して生産され、その後、大きなスチール製の 「バイオリアクター 」で成長する。この細胞は、後に水のようなジェルに移され、そこで筋組織に形成されていく。

 すべての工程はレストランサイズほどのスペースで実施可能で、土地を使った家畜の飼育やメタンを発生する動物の屠殺を必要としない。

 シンガポールでの販売開始は、高すぎると敬遠されてきたこの技術が商業的に実用可能であることを示している。イート・ジャストの培養鶏肉を提供するレストラン「1880」の4コースのチキンナゲットのディナーは23ドル(約2,500円)で、価格はさらに下がると予想されている。

 アジア、アメリカ、そしてイスラエルのベンジャミン・ネタニヤフ首相までもが、この培養肉の商用化に飛びつく一方で、ヨーロッパの政策立案者たちは、この技術にあまり興味を示していない。

 フランスの農務大臣ジュリアン・ドゥノルマンディ氏は、イート・ジャストの培養鶏肉のシンガポールデビューに反応して、「これが本当に子どもたちのための社会なのか?私はNOだ」とツイートした。

 さらに、「肉は命から生まれるものであって、実験室から生まれるものではない。フランスでは、肉は決して人工的なものではない」とのコメントも残している。

 サンフランシスコに拠点を置くイート・ジャストのような企業は以下のように指摘している。ヨーロッパがこのような懐疑的な見方をしていることは、2040年までに世界の食肉市場の3分の1以上を占める可能性があるとアナリストが予測しているこの分野で、彼らが負けるリスクがあることを意味している、と。

「ヨーロッパは非常に優れた技術を持っているので、誰とでも肩を並べることができるが、もし彼らが従来と異なる方法で準備しなければ大きく負けてしまい、大きな損失を被ることになる」とヴァン・イーレン氏は警告している。

   

2. 欧州の規制プロセス

 問題の一部は、欧州の規制プロセスにある。培養肉は、EUの新規食品法に基づき、欧州食品安全機関(EFSA)の承認を受ける必要がある。EUは2018年にこれらの法律を合理化したものの、いわゆるPAFF委員会(植物・動物・食品・飼料に関する常任委員会)でEU各国の代表者が申請を承認し、認可を受けるまでにはまだ3年以上かかる可能性がある。

 欧州食品安全機関(EFSA)の栄養部門の上級科学責任者であるヴォルフガング・ゲルブマンは、研究室で肉を成長させるプロセスには、潜在的なリスクがあると言及している。バイオリアクターで使用されている細胞は、汚染されている可能性があり、例えば、何度も増殖している細胞の制御に異常が出る可能性があるという。

 それでも、この技術の課題は克服できないものではなく、安全な培養肉を作ることは「間違いなく可能」であると彼は付け加えている。

   

3. EUを次々と撤退するフードテック企業、今後も増加か

 しかし培養肉製品で、EUの新規食品承認を申請している企業はまだない。例えば、オランダのマーストリヒト市に本社を置くモサミート(Mosa Meat)社は、2022年に初の細胞培養肉製品を市場に投入したいと述べている。
 しかしながら承認手続きが長いため、最初の製品がヨーロッパ以外の国で販売されることには「疑いの余地はない」と述べている。「その方がより早く市場参入できるのであれば、他の場所での申請を行うでしょう」と付け加えた。

 イギリスのベンチャー企業であるHigher Steaksの創設者兼CEOであるBenjamina Bollag氏も、ヨーロッパが遅れをとっていると認識している。「半年以上もかかるようなら、ヨーロッパでビジネス展開はしない」も発言した。

 「申請プロセスにおいて、政治的な側面が我々のビジネスの障壁になるのであれば、ヨーロッパ以外でビジネス展開するのが妥当だろう」と、モサミートのVerstrate氏も述べている。

   

参考

Europe lags behind in lab-grown meat race